精神障害による犯罪者はどう裁かれるべきか
―退院審判の難しさ―
206qa90 江夏泰二郎
【問題】日本での平成13年6月、大阪教育大学付属池田小学校の大量殺傷の例はあまりにも有名である。その経緯として、被疑者(当時)は大量殺傷を起こす前に措置入院暦があったにもかかわらず精神疾患上の理由から社会に出るという結果になりこの事件を起こすという結果になってしまった。これをうけて国民各層から、触法精神障害者の処遇について適切な施策を求める声が高まった。触法精神疾患のあり方については国会においても、平成11年かの精神保健福祉法の一部修正に際し、「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇のあり方については幅広い視点から検討を早急に進めること」との附帯決議が行われ、政府も、法務省と厚生省(当時)が合同で検討を進めてきた。そして前述の事件後、政府・与党において法案の立法作業が進められ、第154回国会の平成14年3月15日、「心神喪失の状態で業大な他害行為を行ったものの医療及び観察等に関する法律案」が衆議院に提出されて以来、3国会にわたる審議を経て、第156国会の平成15年7月10日に成立し、同月16日に公布された。
【アメリカにおける退院審判】アメリカにおける退院審判は司法の手に委ねられている。「NHKスペシャル、退院審判」より、事例としてその問題を検証・考察する。事件は1976年カリフォルニアで起こる。ライフルを持ったエドワード・アラウェイが図書館に入り7名を殺害、2人負傷した事件である。当時の裁判では精神鑑定の結果、精神障害があり無罪と判定された。その後、退院審判の申し出は入院しているより提出される。そしてカリフォルニア地方検事に提出され審判が行われる。この事例の場合、陪審員はおらず、参加したのは16名。パットン刑務所の医師団と被害者の遺族であった。退院審判の請求が提出された直後に遺族は退院に対する反対の声明を出す。ワグナー地方検事は「地域社会の安定」「アラウェイ氏の人権は地域社会より低いものである」とし退院に対し反対の姿勢をとる。これに反し、パットン刑務所の医師団の一人ジョン・ベンソン医師は医学的には退院に問題ない、心理学者ハリー・ゴールドバーグ等は4回にわたる心理テストでも異常はないとし、退院に賛成の態度をとった。またアラウェイ氏の弁護団の一人カッチャ・ギリツキー弁護士はアラウェイ氏を隔離し続けるべきではない、例えば感染症の患者が治癒したらその後も隔離し続けるか?との疑問を投げかけ、罪を恨んで人を憎まず、犯罪と人を切り離して考えるべきだとした。賛成の立場をとる専門家たちと司法の場に立つものとの間の意見は真っ向から対立した。ここで遺族が参加していてもちろん退院に関しては反対の立場をとった。遺族は全員で7人参加者16人に対しては大きな数字だ。遺族はもちろん退院に関して反対した。またワグナー検事も断固として反対の姿勢。ここで問題となったのが、入院中のアラウェイ氏の言動と発言。参考人として呼ばれたパットン刑務所の看護師はこう証言した。「アラウェイは3年前ホラー映画を見てゾンビを撃っているのを観て興奮し、玉の無駄遣いだと反応した」退院に反対のワグナー検事、遺族にとっては有利な発言だったが、医師はこれを一般の人がホラー映画を見て起こすごく一般的な反応であり問題はないとした。父を射殺された遺族の1人パトリシア・アルマンは以下の様に語った。「父の人生は終わった。しかし、アラウェイの人生は続いている。」 また、アメリカでは退院審判をめぐる議論が繰り返された。アラウェイが退院審判の日の証言。「事件に関しては記憶が曖昧です。ガラスの日がまぶしかった気がするが、人を撃った記憶がない」弁護団はこの証言を強調した。そしてアラウェイ氏の証言は続き「図書館に入ってからの記憶はないし、7人の被害者の名前を憶えているし、2人の負傷者の名前も憶えている。その人たちの写真を今でも持ち続け悔い改めている」と証言した。医師団はこの証言を強調。というのも、アメリカでの精神医学では再犯の防止において「犯罪を起こした自覚と、反省」が重要視されるからである。ワグナー地方検事はこれに対しても反論「アラウェイ氏の証言はどうも繰り返しが続き練習を重ねてきたようだ」。「証言の信憑性が疑われる」。その後続ける「亡くなった人はあなたの退院を望むか?」アラウェイ氏は「望むと思います。なぜなら彼らは善人だからです。」と返答した。遺族の反感を買い「彼は退院できると考えていること自体が精神を病んでいる証拠だ」とした。エドワード・アラウェイの言い分は他にもあり、事件を起こす離婚を経験し、4年で7回の解雇を受けていてそれが事件に関与したと弁護団は述べた。現在アメリカではいきなり退院審判で退院の判定が出た後、社会に解き放たれているのではなく、「条件付、退院プログラム」というものがあり、精神障害と鑑定され病院に収監された者が地域の集団住宅で24時間の監視つきで過ごし自制心、協調性、をみて社会に段階的に復帰するというシステムが実施されている。平均3年半で社会復帰を果たし、このシステムを受け社会復帰した退院者の再犯率は導入前に比べて27%から6%へと大きく減少している。ここは注目すべき点であろう。そのプログラムの導入、実施を受けてアラウェイ氏の退院審判にも望みがつなげられたわけである。米国精神鑑定の第一人者マーク・ミルズ博士は「アラウェイ氏をこのプログラムに当てはめるならば1年はかかるだろう。その間、スタッフが支えとなり根強く対処することである。」と証言した。心理学者ハリー・ゴールドバーグ博士は「事件の大きさから、アラウェイは特別視されているが、他の者と同じくプログラム付退院の条件を十分に満たしており、地域社会にも問題はない、監視が着いていればおそらく大丈夫ではないか」としている。ワグナー検事は「@再犯の可能性が何%あるのか。A起こした事件の大きさ、この2つの要因が退院を認める要因になる」としている。しかしこれまでに述べた医師、心理学者、弁護士にも再犯の可能性は明示できない。またバート・ジャービス医師は「その人の過去が未来を決めるとした」。ベンソン医師もこれには反論できなかった。退院審判が終わった後、アラウェイ氏はこの場に感謝しているとした。
1ヶ月の議論の末、裁判所から病院に届いた結果は「裁判所は1976年のアラウェイ氏の精神障害は今もなお治癒していないとみなす。また、医師、心理学者の専門家の言うことも信頼には遠い。また地域住民の被害の可能性は捨てきれない」とし退院請求を却下した。ワグナー検事は地域住民の安全性を重視したわけであり、また著名な精神科医や心理学者の見解をもってしても認められなかった退院ここには科学と司法との対立を感じさせ、同時に科学の限界も感じさせる。日本においては判定に遺族や地域住民の意思が反映されることはなく判事の決定による。そしてそこに反映されるのが刑法39条であり責任能力が存在しない状態を責任無能力(状態)と呼び、責任能力が著しく減退している場合を限定責任能力(状態)と呼ぶ。責任無能力としては心神喪失や刑事未成年が、限定責任能力としては心神耗弱(こうじゃく)が挙げられ心神喪失者・刑事未成年者の不処罰および心神耗弱者の刑の減軽を定めている。つまり判事の考えによってのみ刑は確定され遺族の意思や人権は反映されない。また精神鑑定で無罪と推定されれば、入院後一定の期間を経て退院することができる。このため、最近の事件でも被疑者が犯行時の心神耗弱を訴える例が多い。
【これからの課題】では精神障害による犯罪者を退院させるべきかどうか?アメリカの理論で行けばこの事例だけを見れば退院はなかなか難しいように見える。しかし日本の場合、不刑罰から退院まで誤って行われる事がある。池田小学校の例を見ても退院措置をとらなければ大惨事にはならなかったであろう。しかし単に廃止してしまえばいいかというと日本の司法会という保守的な世界では難しいことなのかもしれない。健常者と同じように裁かれるべきかどうかは疑問の残るところであるが、再犯者の被害者にとってみればたまったものではないだろう。「なぜあの犯罪者を一生牢獄に入れておかなかったのかと・・」現時点では近く導入される陪審員制度によって判決における刑法39条の比重は少なくなるかもしれない。アメリカのように段階的に社会復帰させていくというのも1つの考えであるが、現在の日本の再犯率をもってすれば、困難ではないか。だから精神障害を持っていることを弁護団が刑を逃れる為の手段として使用するのではなく、精神障害=不刑罰という考えをもう一度見直し、専門家(医師、心理学者)と司法の人間が議論を重ねそこに段階をつくるべきだろう。 引用:10月16日講義中配布プリント
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